まあ言っちゃえば来るんだけどね。

 

月経期が終わればエストロゲンがまた分泌されて、元気な感覚になるんだろうけど、

だいたい調子が良いのなんて1週間かそこらなんだよね。

うん、、いやそんなことはないか。。どうだろう。

 

でもほんと今びっくりしてるのは、生理前というのが、こんなに気分が下がるものなのかということ。

こないだの生理前もえらく不安定になっていた。

 

家から出たくないし、出来れば人にも会いたくないし、気を遣うなんてこと出来ないし、

そのくせかまってもらいたいし、なのに一人にしてほしいし、一人で飯食いたくないけど、やかましいのはイライラするし、

早く世界が滅ばないかなあなんて普段思いもしないことを空が綺麗だなあとおんなじ感じで思ってしまったりするなんて、

マジどうかしてるぜ。

こうやって書いてみるとこれはこれで面白いね。こう書いた方が面白いかな、じゃなくて、ほんとに簡単にこういう風に思ってしまうのよ。

 

ただホルモンの分泌には脳が関係してて、今知ったんだけど、

視床下部から、下垂体というところに、「卵巣を刺激するホルモン出しといてー」

というような指令(これもホルモン)が出て、

それを受け取った下垂体が、卵巣に向けて、またホルモンを出す。→ここ卵胞期

 

でその出したもんに対してまた卵巣の方からエストロゲン出ましたでーいう刺激が下垂体に返ってきて?

今度は排卵を促すホルモンが?急激に分泌される。成熟した卵胞が破れ、卵子が排出される。→ここは排卵期。

 

ほんでここからやで。

ここからが生理前って言われるあの時期やで。

 

黄体期や。

 

 

黄体ホルモンてのが出て、排卵期までにエストロゲンによって厚くなった子宮内膜をさらに分厚くして、

受精卵が着床しやすいようにする。

 

 

待ってや。

こんだけのことでなんで気分落ち込むか?

 

うん、分かる、もし受精して着床すればそれを守るという動物の本能みたいなもんでピリピリするっていう説は分かる。

でも受精してからやったら分かるけどしてへんしな。。まあ僕はしないですけどね笑

 

置いといて。

 

そう、黄体期にはエストロゲンが分泌されなくなる、というのがミソのようだ。

いわゆる女性ホルモンと呼ばれるものが急に少なくなるから、

やる気とか、元気とか、活気が失われる。

 

 

ホルモンバランスというのは、ホルモンの分泌バランスのことらしく、なんとも繊細なやり取りによって成立しているらしい。

しかも女性ホルモンは視床下部から分泌されるらしいが、

視床下部というのは自律神経もコントロールしているらしく、

些細なストレスにも敏感に反応し、影響を受けてしまうんだそうで。

 

え、なに、視床下部は満腹中枢にも関わってんの?

あと、交感神経と副交感神経を調節してるらしいので、呼吸を深くするのはやっぱ良いってことなんだな。

 

でもコントロールするっていうよりは、とりあえずこの波に乗るってことを俺はやりたいんだけど。

こういう風に理解すると、対策はとれるんだろうけど。でも自分のなかで起きてることは、そのまま受け取るというか、

こんな自分もいいよねって方に行きたいんだよね。

 

でもこういう、体とか、心の波、も、コントロールすることなく良い方向に向くことがままある。

心から楽しいことをしているときだ。

 

 

 

 


人を必要とする人、と直訳できるけど、僕は、

人を必要とできる人、と訳したい。

 

なにかっていうと、バーブラストライサンドの「people」という歌である。

学生のとき、当時お世話になっていた人からアルバムをもらった。

そのころ僕は、演劇よりも人権運動の方に興味があって、マイノリティというマイノリティ問題を片っ端からかじっていっていた。

 

演劇の専攻に通っていたものの、そこにはどうしても馴染めなかったのである。

自分のことがどうにも認められずに、悶々とし、自分のことが知りたくて、

その当時仲良くなりだした人権論の先生に教えてもらった、京都のセクシャルマイノリティの勉強会にひょっこりはんと顔を出し、

そこで偶然出会った奈良の性と性を考える会さんと出会い、僕の大学生後半の2年は、ほぼほぼ、人権サークルでの青春となる。

 

その話はまたおいおいしたい。

なんとなく下書きで人権サークルについて書き始めているものがあるけど、完成させますまたおいおい。

 

であるが、やっぱり芸術方面とも切っても切れない悶々もあった。

なんとなく演劇よりも美術方面に興味があるらしく、昔から絵を描くのが好きだったのもあって、アート展や、美術館や、ギャラリーでのパフォーマンスを観に行ったりは、割としていた。と思う。在学中だったか卒業してからだったかちょっと記憶が定かでないにしろ、どっちか言うたら美術方面に興味が行っていたのだ。

演劇を観に、劇場に赴くというよりは、美術館へ行く方が、断然多かった。というか、演劇なんか在学中殆ど観に行かなかった。大して面白くも感じないのになんでこんな大金を出さんならんねん(訳:出さないといけないのだ)とずっと思っていた。

 

で、奈良のお世話になった会である。色んなセクシャリティがあるのだとか、性はグラデーションなんだとか、主催の方が看護師を生業にされてる方だったので、障害者の性についてだとか、

本当に色々なことを勉強させていただいた。そして2か月に一回の会合の後や、それ以外のイベントのときなどにも、よく呑みにも連れていってもらったものだ。

そこで、HIV/AIDS についても知った。

エイズなんて、中学生のときに、なんとなく偏った知識、そう、セックスで感染する病気だ、というのをどこから聞いたのかも覚えがない程度、それ以外なんにも知らなかったし、大して興味も無かった。

 

ただ、セックスぐらいの行為が無いと、感染しないぐらい、HIVというのは実は弱いウィルスなのだということをそこで知った。

 

で、dumb typeにつながるのである。

1984年、まさに僕が産まれた年に京都で結成されたこのパフォーマンスカンパニーは、

1995年に、結成メンバーであり、実質的に代表のような人物だった、古橋悌二というひとを、HIVによって亡くした。

 

僕が出会った奈良の会の方は、おそらく僕が演劇を専攻していることとつながると思って、dumb type を教えてくれたのかもしれない、そこで僕は、ある作品と出会った。

 

『S/N』である。

 

もう有名過ぎてなんの説明も要らないだろうので省くが、

とにかく、衝撃だった。もう、大好きになってしまった。

 

2000年初版発行で、『memorandum』という古橋悌二さんの、インタビューや、手紙などを載せた本が出版されていた。

その中に、自分がHIVに感染したことを、親しい友人に向けてカミングアウトするために書いた手紙も収録されている。

その本を教えてもらった僕はすぐに買いに行った。

 

そのときは、なんとなく、ダムタイプという団体を教えてもらったこと、

この団体はなんだかすごく、重要な位置づけをされているんだなということ、

とかが先にきてて、

手紙を読んだとき確かに、衝撃だったし感動して、それはほんとなんだけど、

なんとなく、もやっと、したものが、残ったのだ。

 

でもこの手紙は、僕にとって、事あるごとに読み返すという、言わば、ある意味バイブルのようなものになってしまったのだ。

この手紙を、理解したい、と思ったのだ。

 

 

僕は多分、ダムタイプというカンパニーを好きになったのではない、

僕は、画面を通して観る、文字を通して読む、古橋悌二というひとを好きになったのだ。

こういう風になりたいと、とっても憧れた。

 

もう10年以上経つ。

今でもやっぱり好きで、

憧れもまだあるんだけど、

現在の自分と照らし合わせてみると、なんとなく、追いついたような気も、するのだ。

それはおそらく世界も、愛の方向に進んでいるからなのだと思うのだが、

世界とは、自分が作り出しているもの。僕の世界は僕が作っているのである。

そう思うと、

この古橋悌二というひとの持つ愛というものが、

なんとなく、実感を持って、今の自分は理解できる、ような、気がするのである。

 

そして、やるなら今だ。というタイミングが来たのだ。

古橋悌二さんの書いた友人への手紙を、どこまで自分の言葉として読めるか。

役者として台詞をいうとは、演じるとはどういうことなのかを、あのルコック仕込みの大橋也寸の薫陶を受けた自分で、

どこまで言えるか、というところ。

てかまあ実際は、読みたい読んでみたい!という単純なところから出発してるんだけど。

しかも手紙を持ちながら、読むというところでやるんだけど。

 

でも、「愛」とはどういうことなのか。

「自分の一番大事なものをあげるねん」

と也寸は言った。

 

それをわすれないでいたいとおもう。

 

あ、あと、歌います。

合間と最後に1曲ずつ。

 

サムスミスのステイウィズミーと、ナットキングコールのラヴです。

 

あ、peopleについて、なんにも触れてなかった、おっととっと。

『S/N』のなかで、古橋悌二さんがリップシンクで歌う曲の名前。

使用してるのは、シャーリー・バッシーのバージョンなんだけど。

そのシーンも大好きだ。メイクをしながら、とか、もしくはメイクを落としながら、とか、いつかやってやろうとか密かに思っている。

 

 

まあここまで書いといて今日は何についての話だったんだろうと思われるかもしれないので、

最後に宣伝を載せますね。

でも明日なので、でも明日ですが、ご興味ある方はぜひいらしてください。

 

 

 

♪イロトリドリ ブッキングライヴ♪

 

【日時】
2018年4月21日(土)
13:00 start
19:00 start
※開演30〜40分前にopen

【会場】
フェアトレードカレー店 LIPIJA
(大阪・天満)

【チケット】
2,000円 + 1オーダー
ご予約は各キャスト、もしくは当店までご連絡下さい💌

【出演者】
門田 草(歌と語り)
猿渡美穂 and 坂本正巳(歌andギター)
木所亮介(語りと朗読)
林亜由子(朗読)(13:00のみ出演)
市橋佳代子(朗読)(19:00のみ出演)

********************

お問合せ warohu.kado.0217☆gmail.com

 

☆マークを@に変えてご連絡ください。(でいいんだよな。。)

 

ご都合良い方、ご興味ある方、お待ちしております◎

 

 

 

では本日はこれにて!!

ああ、明日が楽しみだ!!


 

 

 

 

もう2週間経ってしまった。

早くない2週間?ねえ?言い換えると半月。早くない?

みんなが内容も忘れたころにこうやって総括を書き記そうというのではありません、

最初の一週間は、単に体調の回復に専念していただけのことです。

次の一週間は、かくていしんこくというやつです。

 

その間にも仕事に行ったり、免許の更新に行ったり、突然のお誘いに雨の中チャリで片手に半分壊れた折り畳み傘を持ち、ちょっと前が見えなくなりながらも坂道上ってお芝居を観に行ったり、ヨガ行ったり、だらだら休んだり、していて、

そう今年は初めてのかくていしんこくというものに挑戦していたので、その段取りがどうしても上手く行かず、

半ば呆然としながら、

何をどうしたらいいのかにっちもさっちも行かないので、藁にもすがる思いで人生の先輩に2人ほど連絡を取り、

するとお二人とも快くしかも丁寧に私はこうしている、これならばこうだ、ととっても親切に教えてくださり。

感激しまくって、これでどうにかなるうー!!やだもう超ハッピー!!二人ともマジ良い人!!俺も見習わねばあ!!

と喜んでいた。のだが、

そのルールにのっとって自分のことをどうにかせにゃいかんわけで、

ならどうすればいいのかという応用問題に頭を抱えることになる。

でもなんとか税務署というダンジョンから生還いたしました。

 

 

  

前置きが長くなりましたが

みなさんこんにちは。門田草です。

 

南船北馬『さらば、わがまち』3月2日〜4日

無事幕を閉じることが出来ました。おおかた2週間ほど前のことです。

昨日はその清算会でした。

カドタのおっちゃんとからかわれ、みんなで集まって飲んで食って騒いで思い出を語り合ったり、もう意味の無いダメ出しをし合うということはありませんでしたが、これからの関係もきっと続いていくんだろうなと思える、たいへん素敵で有意義な時間でした。

 

さておき

ご来場いただいたお客さま

スタッフの方々

お助けいただいた方々

そして棚瀬さん始め、この作品を共に作りあげるという点で、

戦友となれた共演のみんなに、

心から感謝申し上げます。

 

まさかの大役でしたが、色々な方々からお褒めの言葉をいただき、

目や耳を疑うこともありましたが、

でも今は素直にとても嬉しく思います。そして、それだけのことをやり遂げたという自負も持っています。

  

こんなことができたのは僕だけの力ではありません。 

僕をここまで引き上げてくれた、僕をここまで作ってくれた、

全てのひと、もの、こと、に感謝します。

 

そして今僕と関わってくださるあなたへ、愛をこめて。

 

 

今回はすごいタイミングなのでした。

四年ほど前、もう諦めないと決めたあのときから、

ブレたり取り戻したりを繰り返し、

最大の決心をしたイタリアンを辞めたあのときから、

さらにどうしたいのかを迷走し、

ここまで来ました。

 

まだ迷いも怖れもあります。

でも着実に、ぼくは僕自身という、唯一無二の存在になっているんだと、思えるようになってきました。

 

 

てか前回の記事でもう体調崩したくないいいい

と書いてましたが、その2週間後?にインフルエンザになり、

実家に帰って引きこもり、稽古もろくすっぽ出られず、、、

 

ずっと咳が止まらず、喉を壊しました。

インフルの後遺症で気管支がやられてて咳が止まらへんねやと思ってたんですが、

ちゃうかったっすわ(笑)

  

もう無理だ、お手上げだと思って、直前に人に助けてもらいました。

自分で背負わなくていいものまで背負うことで、それに対する不安、不満がたまり、

それに加えて何をどうしたらいいのか解消できず、そしてそれを出すことをせず、

結局は、自分から心を開けないでいることが、最大の要因だと思いました。

反省。

  

ほんっとに自業自得なんだけど、体調戻らなくて、

晩飯は食わず、りんごを食べたあと塩風呂に入って1時間弱、台詞を最初からさらって

滝のような汗をかきデトックスを毎夜繰り返して

塩と蜂蜜を熱湯で溶かしたものをふうふう言いながら飲み干し

できる限界暖かくして寝る。もう、教えてもらった通りに実行。

 

今回ひとりだけポジショニングが違っていて、みんながシーンのセリフの掛け合いを楽しそうに稽古しているのを

端から見ていて、自分の居場所が分からなくなりました。弱ええww

 

その頃ケータイに残してたメモ↓

 

人が羨ましくて仕方がない。

自分の位置はここだ、と、

これは確固たるものだ、と、

揺らがないものがひとつでもあればどんなに良いか。

境界にしかたつことができない自分は、おんなであることにも、おとこであることにも、

頼れない。こっちへ行くこともあっちへ行くことも、

自由なはずなのに足元がひどく覚束ない。

そのくせええカッコしいで、自分をガードする。

そのくせ自分を出せていないと、自分の在り方を高望みする。

 

 

↑まあー、なんともねえ笑 

進行役を僕にしますと言われたときだったっけかな?

稽古中に棚瀬さんが、門田さんのフラットな視点、と仰ったことがあって、

それが本当にそうなのかどうなのか、

確かに中立のかどやんと呼ばれていたこともあるので、そうなのかもしれませんが、

今の僕は単に自分中心にモノゴトを見るようにしているだけなんです。

全て自分の色眼鏡で世界を見ているという自覚を持とうとしているに過ぎないのです。

 

全て自分に振り返る景色だと言ったのは、子宮委員長はるちゃん。

  

このポジショニングの寂しさについては、後に解消することができました。

だって実は1人じゃなかったんですね、当たり前だろって!笑笑

   

ああひとりぼっちだなあ、寂しいなあという世界も、自分から作り出してたんですね。

 

それと、人を許せない、こんちくしょう!と思って、でもやっぱりその人を許せないのは、

自分のなかのその部分を許せないからで、とりあえずこんちくしょう!と思うということを存分にやったあとで、

自分のなかのその部分を許そう、愛そうと転換した。もう、無理やりだったかもしれないけど、気づけたことと、それを実行できたことが、とても学びでした。結果、良かった笑

 

 

 

今回のセリフの中で、唯一付け足したいと自分から言ったところがあるんですが、

終盤(内輪ではマイノリティ祭りという名前が付いている笑)木田菜穂子が子どもに手紙を読むシーンの、あとの僕の台詞の最後に。

初日を観た方は、付け足しがありません。初日の時の木田さんの表情を見て、

あれ?嫌だ!と思って。

表情を見たときにあっ、ダメだこれ、と思ったけどとりあえず台本だし、と気持ちを切り替えて。

でも、あるお客さんの感想もらったときに、やっちまった・・・と超後悔してしまった。

だから二日目小屋入りしたときに棚瀬さんに言ってみたら、いいですよ!!と即答いただいて(笑)

付け足したのは、

「でも、子どもには子どもの人生、彼女には彼女の人生、それでいいんじゃないですかね。」

です。

それ以外の台詞が知りたい方はぜひ、台本購入をどうぞ☆

大学の友人の一人は、いたく気に入って台本買ってくれたみたい◎京都から観に来てくれただけでも嬉しいのに!

これ足すと足さないとでは全然違うくって。「役」だから、人の書いた台本だから、って遠慮してたんだけど、

言ってみて良かった。

限りなく僕に近い僕の「役」ではあったけど、僕としての目線がいいんだと言ってもらえたのが、なんとも嬉し有り難かったです。  

南船北馬さんは、手書きでパンフレットを作られるんですが、

それぞれのコメントというか、そんなものをひとりずつ載せてもらいました。お題は自身のマイノリティについて。

以下僕のを載せとく。

 

「僕のマイノリティと言えば、少々説明が難しいのです。簡単に言ってしまうこともできますが、最近は分かりやすさもあまり重視しなくなってきました。

台詞の中にあるのもひとつの真実です。ただ言葉を尽くすほどに、自分の在り方から遠く離れてしまう気がしています。

 

境界、そこに立つことしかできないというのが僕のマイノリティかもしれません。

でも僕は、おそらく自分で望んでここに立っています。

誤解を恐れず言ってしまえば、おんなとおとこの良いとこ採りをして生きたいのです。でも型にはまることはできない。

実のところ、僕は僕であるだけなのです。」

  

 

  

  

 

 

 

 

「パフューム」という映画がある。もう随分前の映画だけど、

ラストのあるシーンがとても印象的で、ずっと心に残っていて、

初日を終えて家でお風呂入ってる時に、ふと思い出した。

僕はあれを実現したいのだ。

 

たまたま隣にいる人と、

性別も、年齢も、出自も、宗教も、何も関係なく愛し合う。

 

 

 

 

 

で、僕はあのときのベン・ウィショーのように、みんなに求められが過ぎて全部与え切って無くなってしまえたら、と一瞬思ったけど、あ、それはやっぱ嫌だわ笑、今の無し笑

 

 

さあ、次はね!ブッキングライヴに参加します。30分弱の持ち時間で、歌と、語りをやりたいなと思ってます。

 

 

『イロトリドリブッキングライヴ』

4月21日(土)

13:00〜15:00

19:00〜21:00

 

入場料2000円&1オーダーをお願いいたします◎

 

場所はJR天満駅から徒歩5分ほどのところにある、

フェアトレードカフェ Lipija というところです。リピジャ です。

 

1日限り2回公演です。お席に限りがありますので、もしご興味ある方はお早めにご連絡くださいませ!

手段問わず(笑)

 

さて、そろそろ暖かくなってきたので、女装プロジェクトも進めていこうと思います。

まず日にちを決めねばな。

rainbowlsの仲間であるバタさんとみわこさんがデートしてくれるし!うふふ!

 

 

では

どなた様もまたお会いしましょう!できることなら舞台の上で◎

 

なんかもっと書きたいことあったような気がするけど、、

 

明日のあなたの活力に☆

門田草でした☆

 

 

 


い、いくら(魚卵)ってこんなに高かったっけ?

トレーにそんなに入ってないのに1000円越えとか、そんなもんやったっけ?

息を飲んでしまったので、即エスカレーターを上がりました。

それが1月3日。新年早々我慢してんじゃねえよ笑笑

 

 

 

新年明けまして

おめでとうございます。

 

前回が爆発してて面白いです。

どんだけ本拠地ほったらかすんや笑

今日は新月なので、もうこのタイミングで早いとこ手放してしまわないと。

なんにも動きがないのに見に来てくれてるひとがい過ぎてありがたびっくりです。

 

 

大晦日は普段なら家族が宗教行事で出はらった実家でひとり酒を呑むか甘いもん食いながら、

テレビ見たりネットしたり豪遊してましたが、

12/31、1/1と仕事をし、実家帰れるかなーと半ば諦めてもいましたが2日は帰ることが出来。

初めて年末年始は仕事ばっかり。。そんなことできんねんなー俺。頑張ったてだけやけどな。

でいっぱい稼げるわー休みなしやでほっほーい!と思ってたら正月終わった途端に体調崩しました。

ここ1週間超グロッキーなどん底を久しぶりに味わいました。

アレ払ってないもんで病院行けねえし…ということでもう方々休みまくって

でも休める環境にあるっていうか作っとくって大事だな!!と改めて思いました。

 

 

さあ

始まりました2018

 

数秘学でいうところの2018年は、足すと2の年ですが、11を足しての2になります。

 

11は、扉、門、まさに僕(しつこいようですが、僕はコーナー(角)ではなくゲート(門)です)

そして自分と、人。まさにパートナーシップ。

 

 

足して2になって、2は受け取るエネルギーだそう。

自分に必要なものしか来ないし、

出したもんが戻ってくるってことなんだけど、

ついついさらに何か差し出さないと受け取ってはいけない気がしてしまいがち。

 

そんなとき、そういうことを言う人の意見を聞いてしまいがち笑

そしてくよくよ悩んでしまいがち笑

つべこべ言わずにもらっときゃいいよ。すみませんじゃなくてありがとうやんね。

 

 

さて去年はたいへんなお別れを経験した。

10年付き合った元相方とお別れしたのである。

去年の11月半ばである。

しかし今も一緒に住んでいる。

一応お別れはしているがである笑

何人もの人に不思議そうな顔をされた。

今は色々があってそりゃ色々落ちるところに落としたうえでの、

でもそういうことなんだと自分でもこの状況を疑わない僕は

やはりニュータイプなのだろう。

 

 

まあ家の空気がガタガタ言いだしたときに、あ、これは望んでた状況じゃない、

自分が本当にやりたい方ではなく、こうするのが正しいだろうと思うことを選択してしまった、とは思った。

別れるということである。べつに別れなくったって良かったかなあと今では思うんだけど、

その時はそれを選択した。

別れたかった、ていうのもあるんだよね。このままずっと一緒だと思って疑わなかったけど、

そうじゃない方も経験したかったっていうか。

でもやっぱりスパッと切れないし、全く別々のものになるには僕の方が無理なのかも笑

 

でもこうなったことを後悔はしていない。これからまだどうなるかは分からない。

とりあえず何が起こるか分からないけどそのときそのとき、自分に正直になって、何よりも自分に嘘をつかずに、

選んだ結果。

 

元相方がそりゃもういろんな人から色々アドバイスをもらってきては僕に教えてくれる。

人の意見というのは、自分を見失うものであれば聞く必要がない。

集中するべきは自分自身の声であり、

自分自身の責任を取れるのはそりゃもう自分だけである。

 

ただ、そのアドバイスや、外から入ってくるものによって、今何を問われているのかを知ることができる。

ヒトから言われることは、実は自分の中から言われていることでもある。

それによって本当はどうしたいのか、何を望んでいるのか、さらにグロいところまで自分を知ることになる。

目を背けたくなる笑

見たくもない、知りたくないもないところまで自分を知らざるを得なくなる。

どうしようもなく自分だけが可愛いのだということを自覚する。そんなことは分かってたはずなのに、

まだ常識とか、世間体とか、正しいこと、

そんな枠を自分にはめこんでるんだということが分かる。

その枠は実は自分でしつらえているに過ぎない。

アドラーの幸せになる勇気という本を元相方が読んでたのを思い出した。

これ以上は言うまい。

 

 

 

アドバイスが質問形式であれば面白いのに。

インタビューってことかな。

あれ、確か今週末どこかで

「インタビュー劇」とかいうのやってなかったっけ?

御影公会堂だよ。阪神石屋川駅から北へ徒歩5分の。

 

 

 

柏木千耶子 公開インタビュー

『いのちの日記』を読んで

 

と題しまして、

いのちあまねく宇宙の調べ 生命科学に想いを寄せる

なんともありがたいお話を聞けそうな、シュールな演劇を行っております。

 

 

1月20日(土)

11:30 / 15:00 / 19:00

と一日限りですが三回行っております。

ぜひぜひご都合の良い時間帯でお越しいただければ幸いです。

 

聞き手は往年のアナウンサー 大丸さとしさん。

そしてわたくし門田草丹の歌のミニコンサートも挟みながら、

新春に相応しい仄かな笑いと感動とを、持ち帰っていただけることでしょう。

 

入場料は1000円、お子さまは無料です。

 

何の講演会かと思われるかもしれませんが言わばそういう虚構のお芝居です。

作・演出は八津田茂さん。

 

この方は、本当にこんなことが今ここで起こってるんだと思わせる、そんなお芝居を作ろうとされてて、

しかもそれが喜劇であり、

それは僕が目指してるものでもあるのですが、

それってベテランでも難しい芝居ですよねという話をしたところ、

それに気づいてはいたのに忘れていた、そう思っていたー、

というよく分からない会話をしたことがあります。

 

色んな人間を、すぐ隣にいる友達にさえなれるふつうの人として受け入れられる、

笑えるということは

自分のことを笑えるということ、

そんなテーマが毎回きちんとある気がするのですが、

本人はただただ、ウケたい、笑ってもらいたい、

とだけ申しております。

 

今回私はシンガーとしての出演なので喋りはしません、悪しからずご了承ください。

勿論歌に妥協はしません。(のつもり)

 

 

シュール過ぎてまさにニッチを開拓中

関西屈指の喜劇作家 八津田茂 の世界をぜひご堪能ください。

 

当日受付にて門田草に言ってきましたと仰っていただければ

どなた様もウェルカムでございます。

ぜひ晴れ着をお召しになってお越しください◎

 

 

 

 

 

どうも長々と読んでいただきありがとうございました笑

 

今年もこんな感じで段々自己愛がひどくなっていくと思われます笑

あ、あと具体的な目標も掲げておこう。

 

 

☆スカートを穿いて出かける。

お化粧をして出かける。

簡単にいうとパッとみて女子だという格好をして出かける。

 

☆ダンスを習う。

出来ればタップダンス。

もしくはヒップホップ。

 

☆自分でライブをやる。

詩の朗読とか。性に関すること含め。グロい系から空気キレイ系まで。

 

 

 

1年間と言っても去年のようにあっっっっっという間に終わってしまうだろうので、

そして人間いつ死ぬかなんて分からないので、

とにかくもう風邪引きたくない!!

体調くずしたくない!!

 

みんなも無理は禁物だぜ!!

生きてりゃ良いこといっぱいあるんだぜ!!

 

今年もヨロシクお願いしまあああああすううう!!!

 

 

 

1月立待月 新月の日 

子宮男子 門田草

 

 

 

 

ps 1ッか月後、僕誕生日です。

 

 

 

 


こんな感情がまだ俺の中にあったなんてね。

実家出てからあんまり煮えたぎる怒りみたいなものは感じたことなかったような気がする、気がするだけかな(笑)、イラっとすることなんてのは日常茶飯事なんだけど。

 

すっごく気持ち悪いな。

 

「それ」が、有用な情報だと思って言ってくれたんだろう。

自分は「それ」を知っているということを、出さずにはおれなかったんだろう。

「それ」はお酒の席での世間話だったんだろう。

 

ただ、

「それ」を口に出すことで、あんたは何をひょうげんしたかったんだ?

自分自身のことでもないのに、他人の心のことに親身になった結果か?

あいつの口から俺に伝わってじゃあそのごく個人的な「それ」を、俺がどう受け取るか、傷つくのか、諦めるのか、

悟るのか、どっちにしろ、ネガティブな方向に気持ちが傾くとは多分思わなかったんだろうな。

 

俺は「それ」を聞いていない。聞かないという選択をした。

「それ」があるということは聞いた。でもそこまで。

 

あいつは「それ」を言わなかった。それはあいつの優しさだと思った。

確かにあるらしいと言われたときは、

なんでそんなこと言うんだ!!と思って、頭ン中がぐるぐるして、心がはちきれそうになって、

聞きたい聞きたい聞きたい知りたい。

気になって仕方なくて、あいつを責めてしまったけど、

それは間違い。俺を傷つける意図で、あいつが言ってしまう選択もあり得た。でも、

これを言うべきかどうか迷ってる、と言った。

俺が知る方がいいのかどうか、と。

俺が選べるようにしてくれた。

 

とんでもないバケモノかもしれない「それ」を、自分のところで留めてくれたんだ。

そんな「それ」に俺は負けない!と思って、ぶっちゃけ一瞬聞きそうになった。

どんなことでも受け止める、と思って。でも順序がおかしいよな?本人のことなんだから、本人の口から聞くべきことだろ?俺に「それ」を言わないってのは、本人の選択だろ?

あいつが俺を傷つけようとするなら、それは当然のことで、それは、権利だ。

 

でも、あんたは?

あんたが誰なのか俺は知らない。

これもぶっちゃけ一瞬聞いてしまった、でも踏みとどまった。

聞かなくて良かった。多分これも、あいつの優しさで、俺が呪いを受け取るのを防いでくれた。。

 

ねえあんたそこにいる?

ありがとう。俺の中にまだこんなに噴き出る感情があったんだと感じさせてくれた。

俺の心は変わらずだけど、大事にしたいことを分からせてくれた。あいつに呪い背負わせて、俺に届けようとしたみたいだけど、残念だったねえ。あいつの愛の方が、勝ったみたい。

まあお酒の席で、そんな話で盛り上がったのはあいつも同じだったかもしれないけど(笑)

 

 

すんごい学びだわ

 

 

俺の世界にあんたは要らない。

誤解されるのも覚悟で言うけど、呪いを持ってくるようなあんたは、要らない。

あんたは、俺自身。

今幸せですか?

毎日好きなことして充実してますか?

好きなことを好きと言えてますか?

嫌なことを嫌と言えてますか?

自分の世界は自分が作ってるんだと自覚してますか?

全ては自分が選んでいるということを知っていますか?

 

こうやって小一時間パソコンの前に座って、

僕は自分自身と向き合っている。

ほかの誰でもない。

 

どろっどろの自分。

ただ欲を満たしたいだけの自分。

欲しくてたまらない自分。

報われたい自分。

傷つきたくない自分。

何書いたっていいはずなのに、こんなこと書いて大丈夫か不安になる自分。

こんなに心かき乱されても、オケの音源聴かずにはおれない自分。

ショックで口も利かずに布団にくるまってるあいつに何もしてやれない自分。

それでも自分の心が嘘をつけないと叫ぶ自分。

 

でも先はどうなるかなんて、分からない。「そのとき」になってみないと、分からない。

「そのとき」嘘をつかないように、するだけ。怖れをなくしたいけど、難しい。

 

ねえ、もっと愛しあおうよ。

誰かとじゃない、じぶんとだよ。