分かってはいたことだけど、やっぱり自分に悪いことをした。

陶芸のチャンスなんて、やろうと思えばあそこでなくてもあるのに。

 

なんで行ったの?しんどいよー。俺を俺として扱ってもらえてないよー。

ていうか思ってること言えてないよー。つらいよーお腹いたいよー頭も痛いよー

 

そんな声がいっぱい聴こえる。

 

 

 

昨日は滋賀の陶芸の工房に行ってきた。

 

粘土をたたいて、伸ばして、模様をつけて、ランプシェードを作った。

1か月ぐらいじっくりゆっくり乾かして、2度焼きして、送っていただけるとのこと。

とっても素敵な工房でした。

主の千英子さんと、芸術は大事だよねーという話ができて、とても嬉しかった。

それはいい。それは良かったんだけど。

  

 

うちの実家とか、親戚一同、宗教に入っている。主にやってる目的は先祖供養のためらしい。

でも、宗教って人生観とか、より良いものとか、教えにかかるのよね。

僕は中学生ぐらいのときに、行きたくないと言って、おそらく相当に親を悩ませた。

 

本部のほうのエライ人が来て、なんで来ないの?みたいな面談もされた。

いやいや、行きたくないからなんだけど。

そこから、聞かれてない時でも、なぜ俺は宗教に行かないのか、行きたくないのか、

みたいな理由付けというか、理論武装というか、そんなことを一生考えてた。

納得させられるだけの理屈があれば、何も言われなくなると思って。

でもそっからほぼ20年経った今でも、行こうと誘ってくる。ほぼ母親やけど。

ちょっと飯行こ ぐらいのつもりで誘ってるんじゃない?というのは友人の言葉。

 

昨日の陶芸はまさにその宗教のイベントで、

俺は友達同士(宗教の中の人やとは知ってたけど)でちょっと行くけど、みたいな印象やったし

陶芸とか、土触りたかったから行くって言った。

 

でもあれやね、なんか大学の中のサークル活動みたいなもんで、おばちゃんばっかりのグループでやる宗教がらみのイベントやったんやね。

だからまあ、俺も甘かった。芝居の宣伝もできるわー思て、いや、さしてもらったけど、

 

でも会話してるなかで、俺に、もっと行事おいでやー来てやー

なんて、NGなのよ。

そういうあんたが一番やりたくなさそうだし、うさんくせえんだよ!!

やりたくないことしてる人間と、極力関わりたくないのよ。それがしかも宗教がらみて。

最悪やねん!!

 

あーやっぱり昨日の新鮮な感情のうちに書けばよかった。そしたらもっとえぐい言葉とかでてきたのになあ。

メモに書き始めてたら相方が寄ってきて、なんか話聞いてもらったらちょっと落ち着いたから、書かんでもええかなとか思ったけど、

僕にとって、避けて通れない課題。親との関係。そこに絡んでくる宗教。

一日経つと言葉が整理される。はるちゃんのいうようにそのとき思ったまま、ていうのがしたいんやけど、

要観察。

 

 

単に楽しく陶芸をしたらええねん。さっきまでやってたやん。きれいな景色に囲まれて、琵琶湖見に行って・・・

あ、思い出した、湖からの帰り道。なんとなくおかんと歩いてたけど、宗教内の政治みたいな話をあの人とし始めて、

あーまたごちゃごちゃなんかやってるわー思て、でもそのまま後ろからついてってたけど、なんかぼそぼそ喋ってんの聴こえへんけど視界に入るのも嫌で、

でも

ちょっと場所変えて一人で歩くとか、

後ろの千英子先生と芸術について語るとか、なんかすれば良かった・・・

 

そういうとこで、まだ自分を我慢させてまうんやなあ。全部自分でしてることなんやなあ。

もうマジ最悪!!ていうのも、たぶん俺が子宮=俺から言われてること。なのかー、ほんま最悪やあ(笑)

 

帰りの車も最悪(笑)やったわー。

もっとおいでやーて誘てきたおばちゃん、自分のやらなあかん担当のことずーっと喋りたおして

どうしたらええかなーこうしてもどうせなー

文句ばっかり延々繰り返して、声がまた耳障りやったなあ。おもろいぐらいに。

それも俺寝てるふりして延々我慢してた(笑)

お楽しみ会やるんで、俺に歌ってもらったらええやんー言うてたけど、

それ俺の歌聴きたいんとちゃうやろ?誰でもええからなんでもええことさせときたいだけやろ?

 

終盤なってからイヤホンで音楽聴いてた。もっと早く聴きたくないアピールすりゃ良かったな。

話がいやでも耳に入ってくるおかげで、それに対する自分の考えがどんどん内側にたまっていって、

もうーー、ほんと俺がかわいそう。ごめんね、俺。守ってあげられなくて、ごめん。

 

やりたくないことさせられてると思うぐらいやったらやめれば?と思う。

そんな自分の気持ちにすら気づかないフリをしてるのかしら?

外にあるものは学びを通して気づかせてくれるものやけど答えはない。

答えは常に自分の中にあって。それが外に出たときに良い悪いは別で、まず自分がどう感じるのか?

 

これもたぶん、人に言ってるようやけど、俺自身から俺自身が言われてる。

 

どろっどろのぐっちゃぐちゃに向き合うことになる。こわい。
でも。

 

 

こないだ友人宅に遊びに行って、喋りながらきづいたこと。

気づくためにやってるんじゃないだろうか、宗教にしろ、なんにしろ。

こう感じてる、感じてた、
こうしたい、したくない、それを許して、次へいくための、手段。

 

これだけやってれば大丈夫!って、そんな時代はもう終わってるのよ。

本当は先祖も、仏も、神も、自分の中にある。それを感じたらまた次のステップがくる。

 

そうそう、で、股コリ解消マッサージをしようと思ったんだけど、昨日からちょうど生理になって、

あ、悪いものはだしなさいよーていうサインやと思ったし、

まあ生理になったからってマッサージしたらあかんていうことでもないしなー

 

とにかく、やっぱりやりたくないことしに行ったらこうなるんやなっていうこと(笑)

改めて分かって良かった。でも宗教のことと、俺が親から愛されたいっていうことは別にあるから、

伝えるときは、友人のアドバイスに従って、手紙を書こう。

  

 

 
 

 

 

 


なぜ、子宮男子なのか、と言いますと。
 
自分の子宮を大事にしようと、ひいては、自分の体を、心を
大事にしようと思えたからで。
  
それには、「子宮委員長はるちゃん」を教えてもらったのが大きい。
 
僕は巷でいうところの、セクシャルマイノリティだとかいう存在で、
産まれたときは女の子でしたが、
今は一応オトコとして生活している。
知らなかった人も、もう知ってた人もいるし、分かってるつもりの人もいるだろう。
   
僕は体が女性。 
性同一性障害特例法というのがあって、
そのガイドラインに則って治療(!)をすすめれば戸籍の性別を変えたりできる
で、学生のときカウンセリングに行ったり、血液検査をしたりもした。
血液検査の結果も、なんの問題もない、健康体そのもの(笑)
 
それを今まで否定してきたし、無視してきた。
月経も、来てるけど来てない。これは起こってるけど、起こってないもの。
あるけど無いもの。として扱ってきた。
  
子宮委員長はるちゃんの子宮メソッドを聞いたときは、
だから目からウロコというか、あれっ、これ?なんかすごいぞ?
 
女性器は神社に例えられ、
膣は参道(=産道)、子宮はお宮そのもので、
最近御朱印帳とか、パワースポットが流行ってるけど、
女性の体に産まれた人はすでに体にパワースポットを持ってるんですって奥さん。
 
でもいきなりこれを受け入れて、そっか俺の体大事ぃ!!
となったわけではなく、
自分の、表現者としての、こうやりたい、こうなりたい、を叶えるためにはやっぱり
自分の体を少しづつ受け入れていかないといけない場面が、タイミングが今思えばたくさん
散りばめられてて、それはずっと続けてるヨガだったり、もう随分昔になるけど外郎売りのセリフだったり、
今までやってきた舞台の現場だったり、習いに行き始めた歌だったり、
そんなのを通して、少しづつ少しづつ、自分のベクトルが変わってきた。
 
子宮委員長はるちゃんによると
子宮の声が聴こえるんだそう。
 
 
これって、自分自身の声だから、いかに自分と向き合って、自分を知るか、
ってことやと思う。
でそれ無視してると、壊れる。心とか、体とか。
壊れてるなあと思う。自分がどうしたいのか、
レストランに連れてってもらっても、何が食べたいのかすら分からなかった。
どんな服を着たいのかも分からなかった、どう見られたいのかがまず分かってなかった。
どこへ遊びに行きたいのか、そんな自分を見られるのが嫌で外に出たくなかった。
だれと一緒にいたいのか、それを表に出すと気持ち悪がられると思い込んでいた。

 

(と、ここまでが5月ぐらいに書きためてた部分。)

     

自分のなかの声を全て無視して、どうすれば普通でいられるかだけに全力を注いでたつもりだけど、
周りからすればそれがもう普通じゃなかったと思う(笑)

 

自分もそんなこと本当は望んでなかった。
人から注目されたかったし、
輪の中心にいたかったし、愛されたかった。
今思えば、なんて矛盾した葛藤。
やってみて、なんで上手くいかないんだ!ってより、やらずになんとかそこへ行こうとしてね。

 

書いてると貧乏ゆすりが出てきて、相方に止められた(笑)
「イライラしてるの?」て聞かれたけど、イライラとかそのほかの不安要素を思い出して、
ゆすってしまってるのかな。
そいうちょっとしたことにも、向き合いたい。そして、愛する。許す。
 
人の意見、重要だと思うんだけど、本当に大事なのは、自分がほんとはどうしたいか。
それを表現することで、その自分に最適なものが、集まってくる。

 

みわこさんが東京に子宮委員長はるちゃんの講座に行ってきて、僕もはるちゃんのブログを見てみた。
表現していくこと。
たとえば好き・嫌い・快・不快
そういった自分に向き合わないでは、なにも見つからない。
にごった感覚からはにごった成果しか得られない。
透明になりたい。
 
2年ぐらい前に、「大丈夫、絶対花は咲くから」って言ってくれたひとがいて、
俺はそれは人から認められることだと思ってたんやけど、
ちゃうかった。
俺が俺を認めることやったんや。そのうえでの人との関わり方。
 
前の記事でもちょっと触れたかもしれないけど、
女性性、男性性というものと、
オトコ、オンナというものは別物なんだときづいて、
 
Sっさんが言ったように、あるものをまず認めて、
Sるちゃんが言ったように、持っててもどう使うか、
それが大事なことなんだ。

  

ということで、僕はスイーツ男子でもあるし、腐男子でも腐女子でもあるし、ジェンダーレス男子のつもりでもあるし(もうなにがなにやら 笑)

 

前の仕事で、朝仕込みしてるときにふと思いついたのが、「子宮男子」

でも、あのー、相方に子宮男子で検索してみて!って言ったら、

他にもいらっしゃるのよね!まだちゃんと見てないんだけどその人のページ、

でもみわこが言うには、はるちゃんのパートナーの岡田とつながってるんだそう。。

なんだかすげえな。。

 

 

今日はここまで☆

 

 

 

 

 

 


今日分かったことだから、今日のうちに書くんだけど。

 

稽古行く途中で共演してるSっさん(プライバシー保護 笑)が前歩いてるの見えて、珍しく長ズボンだったので、一瞬分からんかったんやけど、

あれはSっさんやわ、と思ってなんとなく眺めながら歩いてて、

 

Sっさんは最近ユルさ、とか、女性性を獲得したらしく、とても良い状態らしい。

 

今回の稽古入ってから、というか、その前のワークショップの段階から、なんとなくSっさんのその変化が気にはなっていて、

何かっつーと、かわいくなったなと。注:一応Sっさんは男性です

それを今日言ったらお礼言うてくれたけど、なんか前よりSっさんのことが好きやなと思う。

去年初めて会って、共演したけどほんまに、俺はオトコだ!を全面に出してくるやつやなと思って、

俺はそこは気にいらんくて。でも初対面の印象よりは気さくで、マジメさが面白さになるしで、良い人やと分かったから

割と仲良くなったと思ってたけど、でも今日Sっさんの後ろ姿を見ながらなんか気づいた。

 

僕は、女性性が強い。んだと思う。それはこの体をもって生まれたからもあるけど、

きっと、もしかしたら、普通の女性よりも、強い、のかもしれない。

 

ただ、小学校終盤から、中学生半ばのころ、それを切り離した。もっと理想の自分に、もっと良い俺に、

もっと人から愛されるあたしに、なりたくて、あたしは俺になった。

女性性というものが自分にとって、悪い部分、愛されない部分、いらない部分だと決めつけて、

捨てた。(そっか、そうなんや、そうやったんや俺。)

捨てたつもりだった。

 

  

でも、俺今思うのは、男性性よりも、女性性の方が好きやなあ、てこと。
ちなみに、フェミニズム、ジェンダー論、セクシャルマイノリティ勉強などなどにどっぷり浸かっていた僕ですが、
自分の体と心をポジティブに捉えられるようになった今
考え方が変わったし、セクシャルマイノリティ当事者としても、ちょっと変わった存在かもと思います。
まあそれはまた次の機会に。
ていうのは、そういう文脈で喋り出すと、じゃあ女性性とはどういうことを指すのか?とかいうめんどくさい話になるので、、
ちょっとそういうアタマで考えたような性別はもういらないんだよね、今はもう、一刻も早く記事を書いて寝たいので、、眠いのでマジで
 
女性性。今となっては、そういうのをちゃんと大事にしてる人とか、むしろ憧れて。筆頭は子宮委員長はるちゃん。
好きをちゃんと伝えられるとか、思ってることを外に出すとか、愛されたいと望むこととか
やっぱり子宮はため込むところだから、ため込んじゃうのは必至だとしても、それを出すことはできる。
はるちゃんによると、一度ため込んだものを出すときは、それは表現としてしか出ていかないから、
突然暴言をはいたりもするんだと。えーっと、はい、やりました(笑)
  
実は小学校まではそういうの、俺平気でしてたんだよね。
2つぐらい上の好きになった子追い回したり、大好きな子と同じクラスになれなくて泣いたり、
嫌なことあったらすぐ怒ったり泣いたり
好きのパワーが超強いこどもだったなあと思う・・・。ほんとに。
 
だからね、今から、そこを取り戻してる。好きなものは好き。嫌いなものは嫌い。
選んでいくし。
なんか、自分の幅を狭めてるように見えるかもしれないけど、そうやって突き詰めていくと、
突き抜けた先にめっちゃめっちゃ広い世界があるんだ。
自分の好きだけがつまった世界。
そこが俺を待ってる。
 
そう、だから、わがままな女とか、自分の欲望に忠実な女とか、好きです。(笑)
逆に、俺を甘やかしてくれるオンナもオトコも、好き。俺に甘えてくれるヒトも大好き。

あ、好きなもの嫌いなもの、いつか書こう。

 

俺得


今日仕事いくの嫌やな〜あんま会いたくない人来るしな〜そのあと稽古あるからええんやけどな〜あーあ、あ〜あ〜 

 

とかとか前日の夜から思ってたんだけど、

 

出勤して、
仕込み終わりころ出勤してきたその人と挨拶して、なんとなく普通で(自分が)

 

営業前にトイレ行こうとして階段上ってるとき、なんか自分を遠いところから俯瞰してる感覚がふっとあって、

あれっと思ってたらおばちゃんがトイレ清掃入ってて、ことわって入らしてもらって、

用を足しながら思い出したのが、ブッダの言葉で、

ブッダに対して嫌味やら文句やらを言い続けてたやつが、

「あなたは贈り物をもらった人が、もし受け取らなかった場合、その贈り物は一体誰のものになると思いますか」

て言われて、そいつは「もちろんあげた本人のものだ」

て言ったら、ブッダは「じゃあ私もあなたの言葉を受け取らないので、その言葉はあなたのものです」

的なことでその場をおさめた、みたいな話をほんとに最近

どっかで読んだのを思い出して、うっわ、と。

 

1階の清掃のおばちゃんは、地下1階のおばちゃんと違って、ほぼ俺の言葉を受け取ってくれなくて、俺的にも仕事でテンション下がってるし

割と会釈だけで済ませることが多いんやけど、

この話思い出したら、

あれっ?じゃあ俺が出した良いものあんたが受け取らないんだったら、俺が得するだけじゃん?的な?

全部俺に返ってくるじゃん?俺得じゃん?

と思ったら、出さずにはおれずに、「ありがとうございました〜」

て聞いてるんか聞いてへんのか分からんおばちゃんに言えた!

 

店の営業に関してもそうで。ほかのスタッフにしてもそうで。

なんかそんなこと考えてたら、別に人のことも嫌やなとか思わんくなってて、あーら不思議。

今日は良い日だった。

 

 

 

イイコでいる必要は無い。

思ってるままでいい。

 

そうしてたら、今日貴重なワインを2本も開けていただけたんだけど、

それは僕の子宮に対する奉納だと思った。

呑みたい呑みたいと思ってた白ワイン。

ありがとうございます◎

リースリング、とっても美味しかった!!